法政大学建築フォーラム2017「建築史の可能性への挑戦」講演録|第7回-1


第7回「都市・地域とアート」
藪前知子(東京都現代美術館学芸員)
服部充代(インテリア・デザイナー)

前編:美術館、まちに出る 藪前知子

東京都現代美術館は1995年に開館して以来20年以上経ちますが、2016年5月から2019年の春頃まで休館中です。その期間中、「MOTサテライト」という、まちのなかに美術館が出て行って展覧会を行う企画を始めました。
MOTサテライトの舞台は、美術館周辺の清澄白河と呼ばれるエリアです。このエリア一帯は、古くは深川と呼ばれ、隅田川が近くに流れています。芭蕉庵跡があるなど、江戸時代の史跡も多く残る場所ですが、近年では現代美術を扱うギャラリーも点在しています。
緩やかに生活の場とアートの領域が交差する場所でしたが、「ブルーボトルコーヒー」に代表される、いわゆるサードウェーブコーヒーと呼ばれるコーヒー・ロースタリーがほぼ同時期に3店舗オープンし、それまでの静かな下町が、急に「谷根千」のように注目のエリアになったわけです。世界的に見ると、こうしたサードウェーブコーヒーはアートの根付くエリアに多いと言われています。

清澄白河の新旧コミュニティをつなぐ

若いクリエイターたちが拠点を構えるような動きもあり、地域全体が変化する一方で、この場所は「深川八幡祭り」という江戸3大祭りの舞台でもあります。近年、ジェントリフィケーションが起き、タワーマンションも増え、新しい住民も格段に増えました。しかし旧住民の方々の気質としては、皆さんオープンで新しい文化も住民も歓迎、むしろお祭りを通じて皆つながろうという意識があるようです。
深川で開催されていた「コウトーク」というイベントでは、地域のカフェなどで、月1回、お店をやっている人を中心にゲストが呼ばれ自分たちの活動を紹介するのですが、最後の4人目は必ず各町のお祭りの総代の方が話されます。目的はひとつ、新旧住民がつながり、お神輿の担ぎ手を増やしていきたいという試みです。この「コウトーク」に参加したとき、MOTサテライトを通して実現しようとしたヴィジョンの一端が見えたような気がしました。

地域の中で展開する現代アート

アートは、人と人とをつなぐメディアです。MOTサテライトを企画した動機のひとつは、地域住民のひとりとして、この地を舞台に複数のコミュニティをつなぐことができるのではないかということ。それからもうひとつ、近年、現代美術の展開の場が、美術館の中よりもその外に出ることが多くなりましたが、その状況に美術館として批評的に介入したいということがありました。
昨年(2016年)もっとも話題になった展覧会のひとつに、歌舞伎町の取り壊される直前のビルで行われた Chim↑Pom の展覧会「また明日も観てくれるかな?――So see you again tomorrow, too?」が挙げられます。美術館のホワイトキューブから外に出て、場所や歴史などのネットワークの結ばれる場所に作品を出現させることが、現代美術のひとつの方向性として定着してきています。
芸術祭、国際展と呼ばれる催しも、先駆けとなった「越後妻有アートトリエンナーレ・大地の芸術祭」をはじめ、「横浜トリエンナーレ」「あいちトリエンナーレ」「札幌国際芸術祭」など、日本各地で2000年代後半から盛んに開催されるようになりました。
世界的には、「ソーシャル・エンゲイジド・アート」などと呼ばれる動向があります。アートを介して、地域が持っている問題を解決していくという流れです。たとえば、瀬戸内国際芸術祭の舞台ともなった、「大島青松園」というハンセン病施設でのアーティストたちの活動では、誤った政策により隔離されてきた人々の記憶を、遺された物を作品として再構成することで、社会のなかに保存し、掲示しています。世界的に見ても、2015年のターナー賞を受賞したアッセンブル(Assemble)や、注目を集めるアーティストであるシアスター・ゲイツなど、地域再生のアートプロジェクトが評価されています。
一方で、美術館の側でも、2015年にミュージアム・オブ・ザ・イヤー2015を受賞したウィットワース美術館は、リノベーションで建物のプランを隣接する公園に開かれた形に変更し、ハード・ソフト両面で街の一部として生まれ変わる試みが評価されました。

さまざまなアーティストによるMOTサテライトでの試み

MOTサテライトでは、この地域在住の作家と、はじめての出会いとなる作家の両方をお招きしました。清澄白河ないし深川という地域を素材に、その歴史を掘り起こして共有したり、地域の人々をつなぐきっかけとなったり、あるいは自分たちにとっての「まち」とは何かという問いへ思考を促す作品が制作されました。そのいくつかをご紹介します。
建築家ユニットのミリメーター(mi-ri meter)は、この土地をリサーチして、そこで集めた情報を、「清澄白河現代資料館」という空間に結実させました。お祭りの総代で古くからこの場所で家具屋を営む人や、タワーマンションの主婦、夜の飲み屋さんの常連など、それぞれが自分たちにとっての清澄白河を語るインタビューがモニターで展示され、ひとつのまちが、人によってまったく違う空間として使われていることが明らかになります。
日本を代表する写真家の松江泰治さんは、航空写真でこの地域の変遷を可視化する作品を制作してくれました。この地域が運河に囲まれた木場であった歴史に着目し、新木場から清澄白河をつなぐ運河沿いにかけてヘリコプターから撮影をしていきました。そこには、東京というまちやコミュニティの生成、スクラップアンドビルドの変遷、寺町の広大な墓地という共同体の最後の姿などが映し出されました。

地域全体に散らばるプロジェクトとしては、カニエ・ナハ+大原大次郎「旅人ハ蛙、見えない川ノ漣」という作品がありました。現代詩の若手のひとり、カニエ・ナハさんと、グラフィック・デザイナー、大原大次郎さんとのコラボレーションです。カニエさんが地域の歴史や文脈を召喚しつつ、そこに休館中の東京都現代美術館の収蔵作品への追想を絡めて書き下ろした詩を、大原さんが暖簾に起こしました。展示場所はまちの豆腐屋さん、アイロン屋さんなどのお店、お寺の境内、地域の人たちの集まるコーヒー・ロースタリーの軒先など。
商店街の「田巻屋」という呉服店では、カニエさんが芭蕉句のなかから「た・ま・き・や」が入っている句を選んだものを軒先にかけました。田巻屋さんはこれをとても気に入ってくださって、残念ながら作品そのものを差し上げることができなかったのですが、ある日ご自分たちで同じアイデアのものをつくっておられました。とても嬉しかったです。

地域と協働するプロジェクト

今お話したのは、美術館が主体となって作家に依頼し、まちなかに展開する展示でしたが、それだけでは、美術館が土足で地域に踏み込んでいっただけにすぎない、という思いが私のなかにはありました。そこで、MOTサテライトの構造のなかに、ユニークな地域の拠点と協働する「フェロー・プロジェクト」を組み込むことを考えました。それが、「ラジオ往来往来」と「MOTサテライトアーカイ部」です。
清澄白河には音をテーマにしてインディーな活動をする人たちのコミュニティがあることから、世界的なデザイン・プロセスの研究者、アンドレアス・シュナイダーさん、清澄白河を拠点とするデザインチーム、gift_labのふた組を巻き込んで、架空のラジオ局「ラジオ往来往来」をインターネット上に立ち上げました。清澄白河を音で旅することをテーマに複数のチャンネルがあり、本展の参加作家さんたちの相互交流のプラットホームにもなりました。

美術館や協働で行う事業のほかに、実はもっとも重要な枠組みとして、「地域パートナー」として、地域の現代美術のギャラリーや、ワークショップなど独自の発信をされているショップや町工場などの拠点をご紹介しました。18カ所ほどの地域パートナーとの連携をつくりましたが、たとえば、いろいろな職業の人がバーテンダーを務めるイベント「しごとバー」を企画しているリトルトーキョーという拠点では、週1のペースで作家や私などもバーテン役となり、MOTサテライトを回った人が最後に立ち寄る場所をつくっていただきました。法政大学の陣内秀信先生のグループには、日本橋から舟で運河伝いに清澄白河まで来て、さらにまち歩きとシンポジウムを行っていただきました。
また、このエリアにあるいくつかの現代美術のギャラリーと地域の企業の協働もありました。最終日、MOTサテライトの出品作家と、このギャラリーで展示をしている作家が、一緒に演奏しているのを見て、ここに地域アートプロジェクトの理想形があるなと感じました。

今回のMOTサテライトを通して、地域の人にとっては、美術館の人間とはじめて話した、という声も多く、また美術館の内部の人間にも大きな刺激となったと思います。こうしたアートプロジェクトが自治体主導で行われる場合、多くは地域の創造性の向上が目的に挙げられています。清澄白河は美術館の助けなどなくても、すでに自立したユニークな拠点が多い場所ではありますが、MOTサテライトも、最終的にはそうした動きを後押しするものであればと思っています。
清澄白河、森下、門前仲町という深川地区全体の64カ所の店舗や個人などが、それぞれワークショップなどのイベントを企画し、運営もすべてまちの人たちのボランティアで行われました。会期最終日には、前述したコウトークのメンバーを中心にして「フカガワヒトトナリ」というまち歩きイベントのvol.0が開催され、この後も広がりつつ続いて行く予定です。

地域のアートプロジェクトをどう評価/批評するか

最後に、もうひとつの地域との協働プロジェクト、「MOTサテライトアーカイ部」についてお話します。地域で展開するアートプロジェクトが全国で増えていますが、ほとんどのプロジェクトが助成金で運営されており、継続的に展開していくためには、地域に何をもたらしたのかをいかに観察し、評価していくかという大きな問題があります。さらに近年、こうしたアートプロジェクトの「クオリティ」について、従来の美術批評の評価基準では捉えられない部分があると、批評家側からの疑問が提出されたりもしました。
こうした状況を受けて、この地域にある、キュレーターの小澤慶介さんが主催するアートスクール「アートト」にご相談したところ、越後妻有に長く住み、「大地の芸術祭」が地域にもたらした影響を長年リサーチされてきた、文化人類学者の兼松芽永さんのゼミ生を中心に、「MOTサテライトアーカイ部」を結成して、MOTサテライトを観察していただくことになりました。
リサーチをまとめた詳細なレポートは、ただいま「アートト」のウェブサイトで公開されています。
ここに至るまではなかなかの難産でした。被評価者であるこちら側の最初の動機としては、内部でもあり、外部でもある関係性から、そこで起こったことを記録し、観察し、評価してもらえないだろうか、ということがありました。しかし、結果として彼らが選んだ内容は、地域の人たちに詳細な聞き取りを行い、清澄白河の歴史的な変化を記述しつつ、まちと美術館との関係の変化を考察することでした。
アートプロジェクトを、誰が、どのような距離から、どんな評価基準をもっていつ評価するのか。「MOTサテライトアーカイ部」から上がってきた内容を見て、企画者である私は、このアートプロジェクトが、地域に変化をもたらすという、これまで美術館を拠点に行ってきた展覧会とはまったく一線を画する目的をもったものであったことを、あらためて確認することになりました。その一方で、美術館が主催する現代美術の展覧会として、あるクオリティを目指したところもあり、評価もある一方で、地元の人から難しいという声も聞かれました。先にも触れたとおり、美術館が地域に出ていく都市型のアートプロジェクトは今後も増えていくと思われますが、そこで想定される受け手の多層性の分析と、評価軸の設定にはまだまだたくさんの議論すべきことが残っていると感じています。
(2017年11月28日の講演より)


藪前知子[やぶまえ・ともこ]
1974年東京都生まれ。東京都現代美術館学芸員。これまで企画担当した主な展覧会に「大竹伸朗 全景 1955―2006」2006年、「MOTコレクション 特集展示 岡﨑乾二郎」2009年、「山口小夜子 未来を着る人」「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」2015年、「MOTサテライト 2017春 往来往来2017年(以上、東京都現代美術館)などがある。札幌国際芸術祭2017の企画チームに参加。キュレーションのほかに、雑誌、ウェブ、新聞などに日本の近現代美術についての寄稿多数。